子どもとの時間、みなさんはどこで取っていますか?
我が家では、特別な場所に行かなくても、近所を少し歩く朝の散歩が、親子で同じものを見て、言葉を交わす大切な時間になっています。
登園前の10分〜1時間
歩いても、抱っこでもOK
教えるより、一緒に見る
言葉・観察・会話
子どもとの時間、どこで取っていますか?
仕事や家事で忙しく、
「まとまった時間を作るのはなかなか難しい」
「朝は時間がないし、夕方も時間がない」
と感じている方も多いと思います。
でも、親子の関わりが、愛着形成や言葉の発達にとても大切なのも事実です。
我が家では、その時間を朝の散歩で作っています。
特別な場所に行くわけではありません。
近所を少し歩くだけです。
朝の散歩の概要
| 時期 | 2026年2月末〜3月 |
|---|---|
| 時間帯 | 8時半〜9時頃。早い日は7時半〜8時頃に出ることもあります。 |
| 長さ | 短い日は10分、長い日は1時間ほど。 |
| 頻度 | 週2〜3回くらい。 |
保育園に9時半ごろ登園する前に、散歩をしています。
最近はすっかり習慣化していて、保育園に着いてから
「お散歩行くー」
と泣き出すこともあるほどです。
8時半にお散歩できるのは、少し贅沢な時間かもしれません。
だから、毎日でなくても、休日だけ、行ける日だけでも十分だと思っています。
我が家の散歩は「ほとんど抱っこ」
散歩というと、「子どもの体力づくりにいい」というイメージがありますよね。
でも、我が家の散歩は少し違います。
というのも、ちーくん(我が家の2歳6か月)は、あまり歩きません。
もちろん「歩きたい」と言えば歩かせますが、抱っこを求められたら、基本は抱っこ。
体感では、9割くらい抱っこしている気がします。
それでも「全く歩かない」わけではない
まったく歩かないわけではありません。
- 道ばたの花を見つけると、降りて歩く
- 砂利道では、ザクザク歩く
- 気になる場所では、数分間スタスタ歩く
抱っこと歩くを、ゆるく繰り返す感じです。
そして、親からすると、実は歩く散歩のほうが大変だったりします。
ガードレールの段差をカニさん歩きしたり、川沿いの階段をゆっくり上り下りしたり、入ってはいけない場所に入りたいと言ったり。
ほとんど進んでいないのに、10分があっという間に過ぎてしまいます。
そんな散歩も、悪くないです。
全く進んでいなくても、親子で同じものを見ている時間だけが、ゆっくり過ぎていく散歩。
最近はもう、「まあ、抱っこでもいいかな」と思うようになりました。
子どものペースで歩くということ
理想を言えば、1時間でも2時間でも、子どものペースで散歩に付き合えたらいい。
でも現実には、時間は限られています。
それでも、路地裏・大通り・川沿いなど、その日の気分で
「見たいものを見に行く」。
そんな、目的地のない散歩です。
なぜ、抱っこでもいいのか?
抱っこの利点もあります。
それは、親と子どもの距離が近いことです。
ほとんど顔がくっついているくらいの距離。
だから、パパの声がよく聞こえる。
パパの目線も共有しやすい。
これが、抱っこ散歩の利点だと思っています。
子どもはまだ2歳。
いろいろなものに興味を持っているとはいえ、まだ見えていない世界もたくさんあります。
そこを、親が少しだけ補完できる。
それが、抱っこ散歩の良いところだと思います。
と言いつつ、そうすると大変なのが親の教養です。
親に教養がないと、本当に話すことのない散歩になってしまうかもしれません。
だから私は、いつも
何か新しいものが見えないかな?
説明できるものはないかな?
と目を光らせています。
子どもがいない時も同じ目を持って、
「今度、一緒に連れてこよう」
という気持ちになります。
もちろん、絶対に知識が必要なわけではありません。
全ての現象を説明するなんてできませんからね。
「わからないね」から始まる学び
「わからないね。でも、なんだかブドウみたいだね。見た感じ、かたいかな?柔らかいかな?」
ある時、ヨウシュヤマゴボウの実を見つけた時の話です。
どこにでもある、ブドウみたいな濃い紫の小さな丸い実。
小さい頃に同じ実を見つけていた記憶もありますが、名前は知りませんでした。
ちーくんと一緒に見た時も同じで、ヨウシュヤマゴボウという正式名称は知らなかったです。
その時は「わからないね」と言っていました。
でも、なんだろうなと心に留めておきました。
すると後日、花の図鑑を見ている時に見つけて、知識がアップデートされました。
白い花の中に緑の大きな雌蕊があって、10個の部屋に分かれているらしい。
そんなことを勉強しました。
だから、次に同じ植物に出会ったら、観察する場所も、伝えられる言葉も全然違うと思います。
-
「これ、ブドウみたいだけど、名前はヨウシュヤマゴボウっていうんだって。ゴボウって不思議だよね」
名前を知ることで、見慣れた実が少し違って見えてきます。 -
「ちっちゃい白いお花の中に、カボチャみたいな雌蕊があるんだよ」
次に見る場所が増えると、観察の解像度も上がります。
何気ない道をただ歩いて、知らないものに出会った時、
「お花」「実」だけで終わることもできます。
でも、「わからない」と言いつつ覚えておくことで、少しずつ知識が蓄積され、観察する眼が育っていくように感じます。
散歩の中で増えてきた「見どころ」
そんなふうにお散歩を続けています。
幼児なので、まだまだ細かいことを発語できるわけではありません。
でも、大きなくくりについては理解して、覚えているように感じます。
植物・自然
- 大きなサボテン
- キウイ、ブドウ、金柑のなる家
- 柿のある河原沿いの道
まちの中の発見
- ネコのいる道
- お地蔵さん
- 消火器
一年を通すことで、木が花や実をつけるところまで観察できます。
「こんなところに梅があったんだ」
と気づくことも増えてきました。
そうすると、また次の疑問が出てきます。
- 葉っぱの時は、どんなふうに見えるんだろう?
- 枯れたら、どんな感じなんだろう?
- どんな生き物が寄ってくるんだろう?
こうした疑問が少しずつ増えて、季節の移ろいを子どもと一緒に学んでいくことができます。
工事現場は魅力がいっぱい
工事現場は、ちーくんの大好きスポットの一つです。
かっこいい車が多いので、じーっと見ていることが多いです。
ダンプカー
クレーン車
ロードローラー
コンクリートミキサー車
「かっこいいね!ショベルカー、土をガーって持っていったね」
と説明してくれたり、
「こっちは青、こっちは緑」
と車体の色を説明してくれたり。
そういう言語化も、お散歩で立ち止まって、絵本の読み聞かせのように説明したおかげなのかなと思います。
何度も通っているので、警備員さんとも顔なじみになり、挨拶をするようになりました。
家の建築もいい教材です。
更地になって、基礎ができて、ポールが立って、木材が組み立てられていく。
そんな工程を散歩道で見学しています。
ちーくんも、「なんか棒が出てるー」と基礎のポールに興味を持っていました。
家の建築は、思ったよりも早く進むので、
「お仕事頑張ってるんだね。こうやって、みんなお仕事してるんだよ」
と、社会を教えるきっかけにもなります。
花と草木から広がる言葉
冬から春にかけて、少しずつ花や草が増えていきます。
やっぱり、花は格好の理科の教材です。
ある日、ノゲシを見て、ちーくんが
「たんぽぽ!」
と言いました。
「似てるね。でも、ノゲシって言うんだよ」
最初は、「違う!ノゲシ」と言っていました。
そこで、
「似てるけどね。たんぽぽと違って、ギザギザしてるでしょ? この葉っぱのところが違うんだよ」
と、違いを説明してあげました。
別の日には、タンポポとは違うことが分かったのか、
「これ何?」
と聞いてきました。
「ノゲシだよ」
と教えると、
「ノゲシ、ノゲシ」
と何度も繰り返していました。
物事は、大きなカテゴリーから少しずつ分けていくと理解しやすいのだと思います。
ちーくんの中では、1歳半くらいで「おはな」という大きなカテゴリーができ、2歳くらいで「タンポポ」「さくら」「チューリップ」のような身近な花のカテゴリーができました。
最初は黄色い花が全部タンポポでもいい。次に、タンポポを少しずつ分けていく。
そのためには、何が違うのかを見る視点が大事です。
これって、散歩というより、もう授業ですよね。
やっぱり大事なのは、親の力だと思います。
散歩は、学ばせる時間ではなく「共有する時間」
ここまで、何かを教えるという話もしてきました。
でも、全てを教える必要があるとは思いません。
わからないことがたくさんあるのも事実です。
そこで大事なことは、共有すること。
それだけで、言葉が増え、観察が増え、会話が増えていきました。
これは、パパと共有したいという気持ちの現れで、それがちーくんの力になっていったのだと思います。
なぜ、この散歩が学びになるのか
この散歩で、特別なことを教えているわけではありません。
いわゆる「知育」をしている感覚も、ほとんどありません。
それでも振り返ってみると、散歩の中には
幼児期の学びにとても大切な要素が、自然に含まれていると感じています。
① 同じものを一緒に見る
抱っこをしながら、花・工事現場・虫・葉っぱを一緒に見る。
これは、言葉の理解やコミュニケーションの土台になる「共同注意」に近い関わりだと思います。
② 体験と言葉が結びつく
図鑑や絵本で覚える言葉とは違い、見て・触れて・感じた体験と言葉が直接つながります。
これが散歩の大きな強みです。
③ 子どものペースで世界を見る
大人から見ると「全然進まない散歩」でも、その間に子どもは見て、比べて、気づいて、世界をゆっくり処理しています。
④ 教えるより、共有する
散歩は、何かを教え込む時間というより、同じ世界を一緒に見て、言葉を添える時間なのだと思います。
まとめ
- 歩かなくてもいい
- 抱っこでもいい
- 遠くに行かなくてもいい
- 目的地がなくてもいい
- 同じものを一緒に見るだけで、親子の会話は増えていく
子どもと同じものを見る時間が、何より大切なのだと感じています。
朝の散歩は、ただの移動でも、ただの運動でもなく、親子で世界を共有する小さな学びの時間です。


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