子どもが「できない!」と言ったとき、すぐ助ける前に大事にしたいこと

子供が「できない!」と言った時、ついやってしまったこと:失敗談 親の関わり方・声かけ
子供が「できない!」と言った時、ついやってしまったこと:失敗談

子どもが「できない!」と言うとき、親はたぶん二回あわてています。泣かせたくないことと、早く「できた」にしてあげたいこと。私もずっとそうでした。成功体験になると思って、つい手を出していました。
でも今振り返ると、あのとき私が急いでいたのは、子どもの育ちより、その場を早く終わらせることだったのかもしれません。

粘土の丸が、どうしても作れなかった

ある日、粘土で丸を作ろうとしていました。

本人は一生懸命に手を動かしているのに、どうしても細長くなってしまう。
「どうやってやるの?」と聞かれて、私は手本を見せました。
手をパーにして、くるくると円を描くように動かす。
大人から見ると、それで合っているように見えます。

粘土で丸を作ろうとしている子どもの手元
一生懸命やっているのに、思った形にはなってくれない。

でも、同じようにやっても、やっぱりうまくいかない。

そんなときの私は、よく“ほぼ丸になっているもの”をそっと手の下に入れて、「できたね」で終わらせていました。

その場はそれで丸く収まります。本人も少しうれしそうに見えるし、私もほっとする。
でも、あとから考えると、小さな違和感が残りました。

その場の「できた」は作れても、次の「できる」にはなりにくい

本当にできたのは、
誰だったんだろう。

あの頃の私は、いわば「成功体験を作ってあげていた」のだと思います。

もちろん、助けることが悪いわけではありません。
でも、“できた”をお膳立てすることと、次につながる経験を残すことは、同じではないんですよね。

「できない!」は、理想があるから出る言葉

子どもは、ただできなくて困っているだけじゃない。

「丸にしたい」というイメージがある。
でも実際は、思ったような丸にならない。
そのズレに、子ども自身がちゃんと気づいている。
だからこそ、「できない!」になるのだと思います。

うまくいかずに少し考え込む子どもの後ろ姿
「できない!」の奥にあるのは、考えている時間かもしれません。

これは“能力がない”というより、どうしたら近づけるかが、まだつながっていない状態なのかもしれません。

こまりちの0〜3歳の探究心・学びの姿勢はどう育つ?「なんだろう」から始まる3つの力でも、問題解決力は「どうしたらできる?」を少しずつ試す中で育つものとして整理されています。

だから、親がすぐ正解を渡すより、まずはその子なりの「どうしたらできるかな」を通る時間が大事なのだと思うようになりました。

それから、「先に一回試す」を残すようにした

それからは、すぐにやり方を見せたり、完成に持っていったりする前に、「どうしたら丸になりそう?」と一度だけ聞くようにしました。

すると、うまくはできなくても、自分なりに少し手を動かしてみることがあります。
転がし方を変えてみたり、両手の位置をずらしてみたり、粘土を見つめて止まったり。

ほんの数秒です。
でも、その数秒があるだけで、「やらされた」ではなく「自分で試した」感覚が残る気がしています。

「正解を聞く」より「一緒に試す」声かけのほうが広がりやすい感覚は、2歳児と砂場で2時間。予定は崩れたけど、親として大事なことに気づいたにも近いです。

助けないことが大事、という話ではない

ここは誤解したくないところで、いつでも見守ればいい、という話ではありません。

疲れている日もあります。気持ちが切れている日もあります。本当に手伝ってほしい場面もあります。
だから私は、助けないことを目指しているわけではなく、助ける前に一度だけ、子どもの試行が通る余白を残したいと思っています。

全部見守るのではなく、一部だけ手伝う。
答えを言い切るのではなく、ヒントだけ渡す。
そのくらいの関わりのほうが、今の我が家にはしっくりきています。

今、残したいのは、きれいな丸より「少し考えてみた感覚」

粘土遊びのあとに微笑む子ども
完璧にできたかより、「自分でやってみた」が残るほうが、きっと次につながる。

今、私が子どもに残したいのは、きれいな丸そのものより、うまくいかない中で「もう一回やってみる」「少し変えてみる」という感覚です。

子どもが必要としているのは、すぐ正解に連れていってくれる大人だけではなく、うまくいかない時間を少しだけ一緒に持てる大人なのかもしれません。

「できない!」のあとにある数秒を、これからも大事にしたいと思っています。
その数秒が、少しずつ「自分でやってみる力」につながっていく気がしています。

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