公園で虫を見つけると、ちーくんはすぐに捕まえに行きます。
いもむし、カメムシ、コガネムシ。大人なら気づかず通り過ぎてしまいそうな小さな虫も、次々と見つけます。物怖じせず手を伸ばすので、周りの子どもや大人から「すごい」「虫博士だね」と声をかけてもらうことも増えました。
でも、最近おもしろいと感じているのは、虫をたくさん知っていることや、捕まえられることだけではありません。
一匹の虫を見つけると、人が集まる。
「見て」「どこ?」「これ取った!」「触れる?」「ほしい!」。虫を真ん中に置くと、子ども同士のやりとりが自然に始まります。
虫は幼児にとって、自然の中にあるおもちゃであり、観察する教材でもある。でもそれだけではなく、人と人をつなぐきっかけにもなるのかもしれません。
虫は、幼児にとって「自然にあるおもちゃ」
虫取りのいいところは、遊び方が最初から決まっていないことです。
どこにいるかわからない。見つけても逃げる。季節が変われば出会う虫も変わる。同じ公園でも、昨日と今日でまったく違うことが起こります。
親が「今日はこの遊びをしよう」と用意しなくても、足元で何かが動いただけで遊びが始まります。珍しい虫である必要もありません。カメムシでも、いもむしでも、コガネムシでも、子どもにとっては十分に大きな出来事です。
虫取りを始める年齢や、年齢ごとの楽しみ方については、「子どもの虫取りはいつから?」の記事にもまとめています。
「虫を捕れる」が、小さな子の得意になる
幼児は、年上の子と一緒に遊ぶと「まだできない側」になりやすいものです。
でも虫取りでは、その関係が簡単に入れ替わります。
小さな虫を先に見つけたのが3歳児だったり、虫を怖がらずに持てるのが年下の子だったりする。すると、年上の子も「見せて」と寄ってきます。
ちーくんも、虫を捕まえると周りから「すごい」と言ってもらいます。ほんの少しだけ、ヒーローになれる瞬間です。

ただ、虫取りのおもしろさは「自分がすごい」で終わらないところにありました。
虫博士だって、教えてもらう側になる
ちーくんも、すべての虫を捕まえられるわけではありません。バッタを逃すこともありますし、カマキリを年上のお兄ちゃんが先に捕まえることもあります。
そんなとき、お兄ちゃんたちは得意そうに「これ取った!」と見せてくれます。
大きなショウリョウバッタ、トビズムカデ、カナヘビ、カエル。ちーくんは「すごーい!」と言いながら、熱心にのぞき込みます。
逆に、ちーくんが見つけた虫やセミの抜け殻を、お兄ちゃんに見せることもあります。
虫取りでは、「教える人」と「教わる人」が固定されません。
見つけた虫が変わるたびに、見せる側と見る側が入れ替わります。
2歳から5、6歳まで。公園の端が虫取り場になった
ある日、公園の端にコオロギがたくさんいる場所がありました。カマドウマもいます。
そこに集まったのは、2歳くらいの子から5、6歳くらいのお兄ちゃんまで。
誰かが「いた!」と言えば、みんながそちらへ走っていく。逃げればまた追いかける。草の間をのぞき、狭いところへ入り込み、また別のコオロギを見つける。
気づけば、7人くらいの子どもたちで公園の端を走り回っていました。

一人なら、何匹か捕まえたところで満足していたかもしれません。でも、みんながいると終わりません。誰かが見つけるたびに遊びが再開します。
途中でぬかるみにはまったり、別のものを見つけたり。最初の目的は「コオロギを捕まえる」だったはずなのに、いつの間にか、みんなで探して追いかけること自体が遊びになっていました。
「捕まえられるけど、持てない」でも一緒に遊べる
別の場面も印象に残っています。
3歳くらいの女の子が、自分の虫網でコオロギを捕まえました。でも、捕った後は「もてない!」。
私が一緒に見ていると、ちーくんがコオロギを持って見せてあげました。すると近くにいた別の男の子が「ほしい!」。最後は、その子の虫かごへ入れることになりました。
誰か一人が全部できたわけではありません。
捕まえる子がいて、持てる子がいて、見たい子がいて、ほしい子がいる。
虫を触れなくても、虫取りの輪から外れる必要はありません。探す、網で捕る、見る、持つ、虫かごに入れる。参加の仕方がいくつもあるから、それぞれのできることが自然につながっていました。
なぜ、遊具より子ども同士のやりとりが生まれたのだろう
公園では、ブランコやすべり台でももちろん子ども同士の交流はあります。ぐるぐる回す遊具やシーソーのように、誰かと一緒だからこそ楽しいものもあります。
ただ、実際に見ていると、ブランコやすべり台は一人でも遊びが完結しやすいと感じます。隣に子どもがいても、それぞれが自分の遊びを続けられます。
虫取りも、本来は一人でできる遊びのはずです。それなのに、虫を見つけると「見て!」が生まれます。
捕まえた子は誰かに見せたい。他の子は「何を捕ったんだろう」と見たくなる。自分も捕ってみたくなる。名前を知っている子は教えたくなる。
「褒めてもらいたい」という気持ちも、その一部にはあるのだと思います。でも、それだけではなさそうです。
自分が見つけたおもしろいものを共有したい。ほかの子が見つけたものも見たい。
虫は動き、逃げ、突然現れます。遊具のようにずっと同じ場所にあるものではありません。だから一匹見つかるたびに、小さな「出来事」が起きます。その出来事を共有することが、子ども同士を自然につないでいるように見えました。
一人では物足りない経験も、みんながいれば続いていく
虫取りをしていると、予定通りにいかないこともたくさんあります。

コオロギを追いかけてぬかるみにはまる。夢中になってアリの巣を掘り返してしまう。虫を見失う。捕まえたと思ったら逃げられる。
一人なら、そこで遊びが終わってしまうこともあります。でも友達がいると、「こっちにいる」「またいた」と次の出来事が続いていきます。
もちろん、生き物相手なので何をしてもよいわけではありません。危険な虫には触らないこと、必要以上に傷つけないこと、やりすぎたときには大人が止めることも必要です。
それでも、大人が遊びを全部決めなくても、子どもたちが虫をきっかけに遊びを膨らませていく。その姿は、用意された遊具とは少し違う自然遊びの魅力だと感じています。
虫を通じて、親同士も話し始める
虫がつないでいるのは、子ども同士だけではありません。
子どもたちが虫を探している横で、親同士は「その虫網、使いやすいですね」「最近こんな虫がいました」と話し始めます。そこから子育ての話になることもあります。
私自身も、公園で会った方からトリュフについて教えてもらったことがありました。
子どものために公園へ出たはずなのに、大人まで知らなかったことを教えてもらう。こうした偶然のやりとりも、自然の中で遊ぶおもしろさの一つです。
虫取りは「知育」だけでは説明しきれない
虫取りには、観察する、探す、追う、捕まえる、比べる、名前を知る、といった学びがあります。
その部分については、虫取りと思考力についての記事で詳しく整理しています。
でも、実際に3歳児と虫取りを続けていると、それだけでは説明しきれないものが見えてきました。
見つけたものを人に見せる。誰かの発見を一緒に喜ぶ。できないことをほかの子にやってもらう。年上の子に憧れる。小さい子に見せてあげる。
虫博士になること自体が目的ではありません。
虫を知り、捕まえられるようになったことで、自分の世界が広がる。そして、その世界を誰かと共有できるようになる。
幼児にとって虫は、自然の中にいる教材であり、おもちゃであり、ときには友達をつないでくれる小さな存在なのだと思います。
子どもと虫取りを始めてみたい方へ
わが家で実際に使ってきた虫網・虫かご・観察用品と、幼児と虫取りをするときの準備を別の記事にまとめています。子どもが自分で「捕れた!」を経験しやすい道具選びも紹介しています。
虫取りの記事をまとめて読みたい方は、幼児の虫取り・虫観察ガイドからどうぞ。


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