幼児と散歩をしていると、大人から見ると何でもない場所で、急に立ち止まることがあります。
アリの巣、樹液の木、側溝の水、苔、地面の凸凹、落ち葉、石。
そこには、虫や植物の名前を覚える前の、幼児だけに訪れる不思議な出会いがあるのかもしれません。
幼児が自然の中で何を見ているのかを、親の視点から考えます。
大人は名前を見て、幼児は不思議な世界を見ている。
アリの巣、樹液、側溝の水、苔、石、落ち葉など、身近なものを扱います。
急いで説明するより、少し長く一緒に見てあげること。
自然観察は、名前を覚える時間だけではない
自然観察というと、大人はつい「これは何という虫か」「これは何という植物か」を教えたくなります。
これはアリ。
これはダンゴムシ。
これはカナブン。
これは木。
これは川。
これはヤマモモ。
名前を知る意味
名前が分かると、次に見た時に「あれだ」と気づけます。
図鑑で調べたり、人と話したりもしやすくなります。
でも、それだけではない
幼児が自然の中で見ているものは、名前だけではありません。
名前になる前の感覚や気配も受け取っているように思います。
幼児は、名前を覚える前に、目の前の世界を丸ごと受け取っているのではないでしょうか。
たとえば、幼児が見ているのは、虫や植物の名前だけではなく、
もっと手前にある小さな手がかりなのかもしれません。
動き
匂い
手触り
色
大きさ
流れ
湿り気
集まり方
隠れている感じ
大人なら見落としてしまうような小さな情報を、幼児はじっと受け取っているのだと思います。
幼児は、名前ではなく「不思議な世界」を見ている
幼児が自然観察している姿を見ていると、この言葉が一番しっくりきます。
大人は、目の前のものを知っている言葉に当てはめて見ています。
これはアリ
これは苔
これは水たまり
これは落ち葉
そうやって名前をつけることで、世界を整理しています。
そして、たいていのものは「知っているもの」「ありふれたもの」「特に見る必要のないもの」に分類してしまいます。
でも、幼児はまだ、その整理された世界の手前にいます。
大人の世界
名前を知っている。分類できる。危ないかどうかを判断できる。
分かるからこそ、すぐに見終わってしまう。
幼児の世界
まだ名前になっていない。まだ説明できない。
でも、何かが気になる。
何かが起きているように感じる。
それは、とても刺激的で面白いもの。
トトロの世界みたいですよね。
ただの地面。
ただの木。
ただの側溝。
ただの石。
ただの苔。
何かがいる。
何かがある。
何かが動いている。
何かが流れている。
何かが隠れている。
幼児が立ち止まる場所は、虫がいる場所だけではない
幼児が立ち止まるのは、虫がいる時だけではありません。
大人が「何もない」と思っている場所でも、幼児は急にしゃがみ込んだり、指をさしたり、じっと見たりします。
流れる
葉っぱが動く
水が消える
どこから流れてくるのか。なぜ葉っぱが動くのか。水がどこへ消えるのか。
ふわふわ
しっとり
色が違う
濡れているのか。乾いているのか。緑の濃さがなぜ違うのか。
盛り上がる
へこむ
水がたまる
なぜここだけ盛り上がっているのか。足で踏むとどうなるのか。
冷たい
硬い
埋まっている
どこから来たのか。
なぜ埋まっているのか。触るとどんな感じなのか。
色が違う
形が違う
音がする
踏むと音がする。
裏と表で見え方が違う。
虫が隠れているかもしれない。
細長い
揺れる
重なる
普通の葉っぱと少し違う。細さも、揺れ方も、重なり方も違う。
大人にとっては、どれも目的地へ向かう途中にある、ありふれた日常です。
でも、幼児にとっては、そこで新しい世界が開いていて、輝いているのかもしれません。
幼児が見ているかもしれない世界
幼児の自然観察は「虫や動きを見る」だけではありません。
もっと広く、場所ごとの小さな違いを受け取っているように思います。
アリの巣
どこへ行く?
何を持っている?
どこへ消えた?
穴に入ったアリはどこへ行くのか。
何かを持っているアリは、何をしているのか。
樹液の木
どこから出る?
どんな匂い?
なぜ集まる?
樹液はどこから出ているのか。
小さい虫やダンゴムシは、なぜ集まっているのか。
側溝の水
流れる
泡ができる
穴に消える
水が流れている。
葉っぱが動く。
小さな泡ができる。
水が穴の中へ消えていく。
苔
緑が濃い
湿っている
触ると違う
乾いている場所と湿っている場所がある。
触ると土や葉っぱとは違う感じがする。
地面の石
埋まってる
動かない
重さが違う
半分だけ埋まっている。
引っ張っても動かない。
小さい石と大きい石で重さが違う。
落ち葉
音
見え方
動き
踏むと音がする。
裏と表で色が違う。
虫が隠れているかもしれない。
こうして見ると、幼児が見ている世界は、虫の名前や植物の名前だけでは説明しきれません。
そこには、名前だけでは拾いきれない、たくさんの感覚があります。
動き
質感
匂い
音
重さ
湿り気
流れ
隠れている感じ
まだ言葉にはならないけれど、幼児の中では確かに何かが起きていて、何かを感じているのだと思います。
親は、答えよりも「まなざし」を返す
では、親はどう関わればいいのでしょうか。
私は、すぐに正しい答えを言わなくてもいいと思っています。
むしろ、幼児が何を見ているのかを、少し一緒に見てみる方が大事なのではないでしょうか。
答えを急ぐ関わり
これはアリだよ
これは苔だよ
水が流れているだけだよ
名前や説明で、観察がそこで終わってしまうことがあります。
まなざしを返す関わり
何してるんだろうね
どこに行くのかな
ここ、気になるね
幼児の視線に少し付き合うことで、不思議がもう少し続きます。
名前を教えてはいけない、という意味ではありません。
名前は大事です。
ただ、名前を教える前に、幼児が何を見ているのかを一緒に見てもいい。
その一呼吸があるだけで、自然観察は「知識を教える時間」から、
親子で同じ世界をのぞき込む時間に変わる気がします。
名前は、あとからついてきてもいい
自然の中では、親にも分からないことがたくさんあります。
名前は分からないかも。
小さすぎたり、似ていたりして、知らない虫かも。
よく見るけど、名前までは知らない。
興味がないし、考えたことがないかもしれません。
そんな時、親が無理に正しい答えを出す必要はありません。
何だろうね。
ここに落ちてるね。
どこから来たんだろうね。
あとで調べてみようか。
それで十分だと思います。
あとで調べて名前が分かれば、次に見た時に
この前の実、ヤマモモっていう名前だったよ
と話せます。
まとめ:自然観察は、世界を不思議がる時間
幼児との自然観察は、虫や植物の名前を覚える時間だけではありません。
アリの巣、樹液の木、川沿いの石、アスファルトの傷、落ち葉や果物の木。
大人が何気なく通り過ぎる場所にも、幼児にとってはたくさんの新発見があります。
- 大人が「何もない」と思った場所にも、幼児にとっては出会いがある。
- 親は、急いで説明するより、少し長く一緒に見てあげる。
- 名前は、その場で分からなくてもいい。あとから一緒に知っていけばいい。
- 自然観察は、幼児が見ている世界に、親が少し近づく時間になる。
幼児だけに訪れる、不思議な出会い。
そこには、成長のヒントがたくさん詰まっているのだと思います。
その世界を大切にしてあげることが、幼児の好奇心を育てるために、とても大切なのかもしれません。


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