失敗した時に必要なのは、
「怒られること」より「その後どうするか」なのかもしれません。
子どもが何か失敗した時、
つい「だから言ったでしょ」と言いたくなることがあります。
牛乳をこぼした時なんか、まさにそうです。
ちゃんと持たないから。
気をつけてなかったから。
そう言いたくなる気持ちは、正直わたしにもあります。
でも最近、それって本当に一番大事なことなんだろうか、と思うようになりました。
😳 こぼした瞬間って、本人もだいたい「あっ…」となっている
先日、ちーくんがコップの牛乳をこぼしました。
コップが倒れて、牛乳が広がって、
本人も「あっ」という顔。
ちーくんとわたしで顔を見合わせて、
一瞬「はっ😳」とした空気が流れました。
でも、わたしの中では、その場面は「怒るところ」ではありませんでした。
- わざとじゃない
- ふざけていたわけでもない
- 子どもなら普通に起こる失敗
そういう出来事だったからです。
だから、家の中だったらたぶんわたしは、
「こぼれちゃったね」
「ふこっか😊」
くらいで終わると思います。
こぼしたこと自体は、もちろん起きない方がいい。
でも、こういう失敗って、子どもには普通に起こることでもあります。
そして、たぶん大事なのは、
「失敗しないこと」そのものより、「失敗した後にどうするか」の方なんじゃないかと思うのです。
🌱 わたしが教えたいのは「反省」より「その後どうするか」
子どもが失敗した時、
つい「ちゃんと持たないから」と言いたくなるのはすごく自然だと思います。
わたしも、頭の中では正直よぎります。
でも、その瞬間の子どもって、たぶんもうすでに
- びっくりした
- やっちゃった
- まずいかも
で、けっこういっぱいなんですよね。
そんな時にさらに、
「だから言ったでしょ」が重なると、
子どもの意識は「何を学ぶか」より、「怒られた」の方に向きやすい気がしています。
💡 わたしが大事にしたい流れ
- まず、起きたことを処理する
- 助けてもらったら感謝する
- 次はどうするかを考える
失敗した時に必要なのは、
しょんぼりすることより、立て直すことなのかもしれません。
🏠 今回わたしが伝えたかったのは、「ごめんなさい」より先にあること
今回の牛乳の場面では、こぼしたあとに、じいじがタオルを持ってきて拭いてくれました。
そこで、わたしがちーくんに一番伝えたかったのは、
「こぼしたことを責めること」ではありませんでした。
むしろ、
自分が困った時に、誰かが助けてくれた
ということの方でした。
だから、わたしはこう声をかけました。
- 「じいじが拭いてくれてるね」
- 「ありがたいね」
- 「ありがとうって言おうか」
最初は少し嫌がっていました。
でも、抱っこしながらもう一度伝えると、
ちーくんはちゃんと「ありがとう」と言えました。
そしてそのあと、
「ちいくんも拭く!」と、自分でもティッシュで拭こうとしていました。
それを見て、ああ、たぶんこういうことなんだろうなと思いました。
失敗した時に育てたいのは、
「悪かったと思ってしゅんとすること」ではなくて、
そのあとにどう動くかなんだと思います。
🧭 しつけって、たぶんこういうことなんだと思う
わたしは、しつけって、
失敗しない子にすることではないと思っています。
たぶん子どもは、こぼすし、落とすし、失敗します。
というか、大人だって普通にします。
だから大事なのは、失敗しないことそのものより、
- 起きたことから逃げないこと
- 助けてもらったことに気づけること
- 次はどうしようかを考えられること
そういうことを、日々の小さな場面の中で少しずつ身につけていくことなのかなと思っています。
🌷 わたしが子どもに渡したい感覚
失敗しても大丈夫。
でも、起きたことにはちゃんと向き合おう。
助けてもらったら、ありがとう。
そして、次は少し工夫してみよう。
そういうことを、牛乳をこぼすみたいな小さな出来事の中で、少しずつ伝えていけたらいいなと思っています。
✨ こぼした牛乳は拭けばいい。でも、その時の関わり方は残る
牛乳をこぼしたこと自体は、正直、拭けば終わる話です。
- 床は拭けばいい
- 服は着替えればいい
- 洗えばいい
でも、その時にどんな言葉をかけたか、
どんな空気でその場を通り過ぎたかは、案外残るのかもしれません。
わたしもきっと、これからも何度も
「ちゃんと持って〜」と思うと思います。
それでもできるだけ、
「怒る」より、「じゃあどうしようか」を一緒に積み重ねる親でいたいなと思っています🍀

