【第二子里帰り】義実家で感じたズレと、親が身につけたい「他者との関わり方」

CHILDCARE / FAMILY RELATIONSHIP

大人同士の関係より、
子どものケアを優先する

第二子の出産をきっかけに、義実家で上の子と過ごす中で見えてきたのは、
「義実家の問題」ではなく、他者との関わり方そのものでした。

この記事で伝えたいこと

子どもは環境を選べません。だからこそ親は、環境そのものを変えようとするより先に、
「どう関わるか」を設計する必要があるのだと思います。

はじめに|しんどさの正体はどこにあるのか

第二子が生まれ、妻は里帰り。上の子(ちーくん)は、しばらく義実家で過ごすことになりました。

もちろん、助けてもらっている部分はたくさんあります。実際、義実家には感謝していることも多いです。
ただ、それとは別に、日々の中でじわじわと積もっていく
「ちょっとしたズレ」
がありました。

大きな問題ではない。
でも、小さな違和感が積み重なると、想像以上にしんどくなる。

そして途中で気づいたのは、問題の本質は「義実家が悪い」という話ではなく、
自分と相手で、子どもとの関わり方の前提が違うということでした。

問題は“誰かが間違っていること”ではなく、
“子どもを中心に生活を見るかどうか”の視点がズレていたこと。

義実家で感じた「小さなズレ」

義実家で感じたしんどさは、何か大きなトラブルがあったからではありません。
そうではなく、
日々の流れの中にある小さなズレ
が積み重なっていったことが大きかったです。

実体験|「お昼ご飯」の認識が噛み合わなかった日

ちーくん「ぱぱー!」

パパ「おかえり!」

義母「おてて洗おう」

この声かけ自体は、間違っていません。むしろ衛生面を考えれば正しいです。

でも、自分が引っかかったのはそこではなく、
子どもの気持ちの流れが一度切れてしまう感覚
でした。

子どもは今、「パパに会えた」「うれしい」「見てほしい」という流れの中にいます。
そこにいきなり次の行動だけが入ると、本人の気持ちが置いていかれることがあります。

たとえば、「パパいたね。うれしいね。じゃあ先におてて洗おうか」のように、
気持ちを受け止めてから次につなぐ一言があるだけで、流れはかなり自然になります。

なぜズレは起きるのか

義実家で何度か感じたのは、
生活を“大人中心”で回すか、“子ども込み”で回すか
の前提が違うということでした。

・大人の生活は問題なく回っている

・でも、その流れの中に子どものリズムは十分組み込まれていない

・結果として、寝る・食べる・機嫌の流れが崩れやすくなる

家事ができているかどうかと、子どもの生活が安定しているかどうかは、似ているようで別問題です。

実体験|「お昼ご飯」の認識が噛み合わなかった日

「お昼ご飯、カレーでいい?」

「ありがとう」

帰宅すると、カレーが用意されていました。
それ自体は本当にありがたかったです。

ただ、そのカレーは中辛で、ちーくんは食べられませんでした。

自分の感覚では

子どもがいるなら、

・子ども用カレーを作っておく

・もしくは後から大人が辛さを足せる形にしておく

・少なくとも別のご飯を準備しておく

そういう状態が“自然”だと思っていました。

でも実際には、子ども用の食事は特に用意されていませんでした。
気になって聞いてみると、返ってきたのは

「納豆食べるかと思った」

そのとき、自分の中で強く引っかかったのが、
「納豆とご飯だけで、お昼ご飯になるの?」
という感覚でした。

もちろん、納豆ご飯自体が悪いわけではありません。
ただ、自分にとってはそれは“とりあえずつなぐ食事”であって、
子どもの昼食として最初から想定するものではありませんでした。

ここで見えたのは、料理の有無ではなく、
「子どもの食事として何を当たり前と考えるか」の認識のズレでした。

結局、その日は自分で
小松菜とウインナーの炒め物
スープを出して、昼ご飯を整えました。

この出来事で感じたのは、
「何か食べるものがある」ことと、「子どもの食事として整っている」ことは別だ
ということでした。

これは「義実家が雑だった」という話ではありません。そうではなく、
子どもの食事をどこまで整っていて当然と考えるか
の基準が、自分と祖母とで違っていた、ということです。

なぜズレは起きるのか

このズレは、善意が足りないから起きるわけではありません。
それぞれが見ているゴールが違うから起きます。

義実家の感覚: 家事は「できていればOK」

自分の感覚: 生活は「子ども込みで回ってはじめて成立する」

ゴールが違えば、善意で動いていてもズレる。

だからこそ必要なのは、相手を責めることではなく、
前提の違いを理解したうえで、自分の関わり方を調整することでした。

義実家でストレスを減らすためにやったこと

相手を変えようとすると、どうしても苦しくなります。
なので自分は、環境をコントロールするのではなく、
ズレを前提にした立ち回り
に切り替えていきました。

期待をやめる

一番大きかったのは、
「分かってくれるはず」をやめたこと
です。

一緒に暮らしていない相手に、自分の育児感覚を自然に理解してもらうのは難しい。
「見れば分かるはず」「このくらい気づいてくれるはず」と思うほど、しんどさは増えていきます。

期待を下げることは、諦めではなく、自分を守るための現実的な調整でした。

察してもらうのをやめる

察してもらえれば楽ですが、それを前提にするとズレは減りません。
なので、必要なことは短く具体的に伝えるようにしました。

「ちーくんの分もありますか?」

「少し取り分けてもらえると助かります」

たった一言でも、
ズレが起きてから消耗するより、先に確認したほうが圧倒的に楽です。

保険を持つ

どれだけ整えても、育児は予定通りに進みません。
だからこそ、うまくいかなかった時の“逃げ道”を持っておくようにしました。

・バナナ

・パン

・すぐ食べられる軽い補食

完璧な環境を求めるより、
崩れた時に立て直せる材料
を持っておくほうが、実際の負担はかなり減ります。

スケジュールは守ろうとしすぎない

完璧に回そうとすると、むしろ苦しくなる。

義実家という、自分で完全にはコントロールできない環境で、
いつも通りの運用を求めるのは無理があります。

なので、「今日は崩れるかもしれない」を前提にして、
多少のズレは許容するようにしました。

自分が“つなぐ役”になる

会話も行動も、自然につながらないなら、自分がその橋渡しをする。
それが一番現実的でした。

「パパいるよ」

「何してたか教えて」

「うれしかったね。じゃあ次は手を洗おうか」

誰かに完璧な対応を求めるより、
子どもの気持ちと場の流れを、自分が少しつないでいく
ほうがスムーズでした。

上の子への影響

幸い、ちーくん自身は、じいじ・ばあばのことが好きで、楽しそうに過ごしている場面も多くありました。

大きく崩れているわけではない。
だからこそ、“小さな崩れをどう減らすか”が大事だった。

完璧ではないけれど、致命的でもない。
そういう状況だからこそ、親の立ち回り次第でかなり変わる部分があると感じました。

この経験から学んだこと

・他者は変えられない

・でも、自分の関わり方は変えられる

義実家に限らず、子どもを取り巻く環境は、いつも自分の理想通りになるとは限りません。

だから必要なのは、環境に期待し続けることではなく、
自分の中に“回る仕組み”を持つこと
だと思いました。

環境が整うのを待つのではなく、
多少ズレても、自分で立て直せる形にしておく。

子どもは環境を選べません。
だからこそ親が、誰とどう関わるかを選ぶ必要があります。

まとめ|正しさより「関わり方の設計」

今回の経験を通して強く感じたのは、
育児では「誰が正しいか」よりも、
どう関われば子どもが安定するか
のほうがずっと大事だということです。

今回、自分の中で大事だったこと

・期待しすぎない

・察してもらう前提を持たない

・崩れた時の保険を持つ

・自分が“つなぐ役”になる

この1か月は、
「伸ばす」ではなく「崩さない」期間。
そう割り切れたことで、少し気持ちが楽になりました。

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